水戸地方裁判所 昭和56年(ワ)558号 判決 1985年12月27日
原告
山西一郎
右訴訟代理人
関周行
種田誠
被告
勝田市
右代表者市長
清水曻
右訴訟代理人
石島秀朗
右訴訟復代理人
茂手木雄一
被告指定代理人
安島明
落合功
山下保次
主文
一 原告の各請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 原告
1 被告は、茨城県勝田市津田字西山二一二七番地の二五に設置されている放送塔(施設名「西山」。以下「本件放送塔」という。)において、拡声機を用いて放送をしてはならない。
2 被告は、原告に対し、
(一) 金三四万円及びこれに対する昭和五六年一二月一八日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員
(二) 昭和五六年一二月一八日から被告が第1項の放送を中止するまで一か月金二万円の割合による金員
を支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決並びに仮執行の宣言
二 被告
主文同旨の判決
第二 当事者の主張
一 原告主張の請求の原因
1 本件放送塔の施設状況
(一) 本件放送塔は、被告が設置したもので、支柱の上部に無線受信設備及び四個の拡声機が備え付けられ、勝田市役所内の発信設備から発信された電波を受信し、右拡声機を通して音声を放送する装置である。
(二) 原告は、昭和五五年六月二八日以降、本件放送塔から西方約二八〇メートルの距離に居住している者である。
2 本件放送塔における放送の実態
(一) 放送の回数及び時間
(1) 定時の放送として、次の二種が行われている。
イ 時報 毎日午前一一時五〇分、午後五時(四月一日から九月三〇までは午後六時)及び午後九時五分の合計三回、各三〇秒間。
ロ 定時放送 日曜日、祝日、休日及び土曜日午後を除き、毎日午前一〇時から一〇時二〇分まで及び午後三時から三時二〇分までの合計二回。
(2) 随時放送として、深夜、早朝、日中に、日時、回数とも制限のない放送がある。
(3) 右(1)、(2)の放送が短時間のうちに数回行われた場合を例示すれば、次のとおりである。
イ 昭和五六年三月一六日
午後九時五分 時報放送
午後九時一六分 老人不明の放送
午後一〇時 老人帰宅の放送
ロ 同月二六日
午前一一時五〇分 時報放送
午後〇時三〇分頃 迷子の放送
午後一時三〇分頃 同右
午後二時三〇分頃 同右
午後三時 定時市政通知放送
午後四時頃 迷子帰宅の放送
午後五時 時報放送
ハ 同年五月一七日
午前七時三〇分 野球大会中止の放送
午前八時二〇分 同右
ニ 同年六月八日
午前二時二五分 消防団集合の業務連絡放送
午前二時四五分 消防団へ協力感謝の放送
ホ 同年七月一七日
午後六時 時報放送
午後八時一五分 農業委員会選挙速報の放送
午後八時三五分 同右
午後八時五五分 同右
午後九時五分 時報放送
ヘ 同年一〇月三一日
午後五時 時報放送
午後六時七分 迷子の放送
午後六時二二分 迷子保護と母親警察署へ出頭求むの放送
(二) 放送の音量
屋外へ放送する拡声機の音量は、測定時の風向、風速、湿度、温度によつて大きな影響を受けるが、昭和五五年九月一九日に被告公害交通対策課が原告居住地において午後三時からの定時放送を測定した際の音量は、暗騒音(測定目的以外の音量)が四〇ホン、定時放送の始めと終わりに鳴らす四音四秒間のチャイムが七〇ホン、音量の平均が五五ホンと報告された。当時の風向は北東、風速は毎秒約七メートルで、多湿感のある曇天であつた。
なお、右音量は、水戸地方の昭和五六年の年平均風速が毎秒一・八メートル(茨城県気象月報による。)に比較して、異常に強い風速の下での測定値であり、年平均風速下での音量は、更に高いものである。
(三) 放送の内容
本件放送塔において放送されている主な放送は、次のとおりである。
(1) 三〇秒間に一八回打音するメロディチャイムを一日に三回定時に放送している(時報放送)。
(2) 「しごとに誇りをもち楽しく働きましよう。」等五項目の「市民憲章」を隔日に一項目ずつ定時に放送している。
(3) 「危険ですから演習場に近寄らないようにしましよう。」等を自衛隊演習日時と共に年間約一五〇日定時に放送している。
(4) 「午後九時前には友達の家へ遊びに行かないようにしましよう。また、勉強している時は遊びに行かないようにしましよう。」等を夏休み中一か月の間毎日定時に小、中学生への注意として放送している。
(5) 市民憲章推進協議会主催の市民号への参加募集(有料)を三か月間にわたり約四〇日定時に放送している。
(6) 梅雨期のため前々日、前日とも雨であつた昭和五六年六月一四日の雨の日曜日に、市営グランド使用者へ野球大会中止の随時放送が行われた。
(7) 昭和五六年七月一七日午後八時すぎに、二〇分間隔で三回の随時放送が行われ、農業委員会委員選挙速報として、被選挙人名と得票数が読み上げられた。
(8) 「スピードの出しすぎに注意しましよう。」等交通事故防止のための定時放送が昭和五六年一一月五日前後の五日間放送された。
(9) そのほか、茨城県警察官採用試験の知らせ、不用になつた犬猫の回収の通知、飼い犬の放し飼いと捨て犬禁止の知らせ、かつた祭りについての通知、お年玉つき年賀ハガキ発売の知らせ等が、定時放送において放送された。
(10) ほかに、随時放送として迷子の放送が多い。
3 本件放送塔における放送の違法性
(一) 本件放送塔の設置目的違反
勝田市無線局及び放送塔は、昭和四〇年、水戸射爆場での米軍演習に伴う事故防止のため、「日本国に駐留するアメリカ合衆国軍隊等の行為による特別損失の補償に関する法律」(以下「特損法」という。)に基づき、住民の損失補償として、初めて設置されたものであり、同年には無線送信設備一基及び放送塔一五基が、昭和四二年には放送塔一七基が、それぞれ防衛庁からの補助金により設置された。その後、昭和五二年には、電源三法に基づく電源立地促進対策交付金が、原子力発電所等の事故発生時のための広報施設金として、通商産業省、科学技術庁から支給され、それにより、放送塔四二基が市内全域に約六〇〇メートル間隔で増設され、昭和五五年及び昭和五六年には、原子力施設等周辺環境整備事業として、茨城県の補助金により、放送塔三基が増設された。
右の経過からすれば、勝田市無線局及び放送塔は、行政事務の円滑適切な執行、民生の安定、住民福祉等のために設置されたものではなく、自衛隊演習、原子力発電所等に係る事故発生時等、市民の生命、財産の安定確保のため特に必要のある緊急非常時にのみ使用することを目的として設置されたものというべきである。本件放送塔は、後になつて設置されたものではあるが、当初設置された無線局及び放送塔と不可分一体のものとして使用されているから、やはり、右の目的に限定して使用されるべきのものであり、平常時にこれを使用することは、右目的に反し、違反である。
(二) 放送の運用上の違法
(1) 被告が電波法に基づき交付を受けた無線局の免許状においては、通信の相手方は免許人(被告)所属の受信設備と定められている。ところが、本件放送塔は、受信した電波を拡声機を通して音声として外部に放送することにより、原告を含む周辺公衆に電波を聴取することを強制している。これは、周辺公衆を直接通信の相手方として通信をすることに等しいから、本件放送塔における放送は、右免許に係る通信の相手方の定めに違反する。
(2) 前記免許状においては、無線局の種別は固定局(一定の固定地点の間の無線通信業務を行う無線局)と定められている。ところが、本件放送塔における放送は、一定の固定地点の間の通信の範囲を超えて、拡声機の音声の到達する不特定の地域までの無線通信を行うものであるから、右定めに違反する。
(3) 電波法第四条第二項(昭和五九年法律第八七号による削除前のもの。以下同じ。)は、公衆通信業務を行うことを目的とする無線局は日本電信電話公社又は国際電信電話株式会社でなければ開設することができないと規定しているが、被告は、無線局及び放送塔を用いて水泳スポーツ少年団等市民の任意団体、警察署、自衛隊、税務所、郵便局、電報電話局等他人の通信を媒介し、他人(原告を含む公衆)の通信の用に供しているから、公衆通信業務を行うものであり、本件放送塔における放送は、右規定に違反する。
(4) 無線局運用規則第一〇条第三項は、無線通信を行うときは、自局の呼出符号、呼出名称又は標識符号を附して、その出所を明らかにしなければならないと規定しているところ、被告の行つている時報放送は、自局の呼出名称を附していないから、右規定に違反している。
(三) 放送の内容における違法
(1) 勝田市無線局は、郵政省令としての効力を有する電波監理委員会規則「無線局(放送局を除く。)の開設の根本的基準」(以下「基準」という。)第八条に定めるその他の一般無線局であるところ、同条第四号は、免許の要件として、「通信の相手方及び通信事項は、その局を使用する事業又は業務の遂行上必要であつて、最小限のものであること。」と規定している。また、同委員会規則「無線局運用規則」第一〇条第一項も、「必要のない無線通信は、これを行なつてはならない。」と規定している。これらの規定によれば、被告が右無線局により通信することができる事項は、少なくとも通信事項が重大であること、緊急を要すること、他に適当な通信の代替手段がないこと等の要件を満たすものでなければならない。
ところが、被告が本件放送塔において放送した内容は、前記2項(三)のとおりであつて、右の各要件を全く満たさないものであることが明らかであり、前記各規定に違反するだけでなく、電波法第五二条にも違反する。
(2) 前記のような内容の放送をすることは、憲法第一九条の思想、良心の自由の定めに違反する。
(四) 放送の音量等における違法
(1) 本件放送塔は、第一種住居専用地域(都市計画法上の用途地域の指定による。以下同じ。)に設置されているものであるところ、茨城県公害防止条例施行規則(以下「規則」という。)第一九条第一項、別表第四によれば、第一種住居専用地域(同表の区分に従えば、第一種区域)における午後一一時から翌日午前六時までの騒音規制基準は、四〇ホンとされており、本件放送塔の放送音量はこれをはるかに超えている。
もつとも、規則第二二条第二号は、「公共の目的のための広報等に使用するとき」を右基準の適用を除外する場合として定めているが、茨城県公害防止条例(以下「条例」という。)第三条が「何人も公害を発生させないように努めなければならない。」と規定していることに鑑みれば、右除外規定は厳格に解釈されなければならず、後記のとおり、本件放送塔による放送の内容は公共性に乏しいものであるから、右除外規定は適用されない。
なお、原告居住地は、用途地域の指定のない地域であるから、規則別表第四の区分に従えば第三種区域であるが、同区域における規制基準が第一種区域の規制基準より高くされているのは、第三種区域の環境の全体の騒音量が第一種区域のそれより高くならざるをえないと解されるからであり、意図的に拡声機等の音量を右基準まで高くしてよいというものではない。原告居住地における暗騒音は、第一種区域と同程度ないしそれ以下であるから、本件放送塔による放送については、第一種区域の規制基準を適用すべきである。
(2) 規則第二〇条、別表第五によれば、拡声機は「午後七時から翌日の午前九時までは使用しないこと」、「二以上の拡声機を使用する場合は、拡声機の間隔は五〇メートル以上とする」、「地上七メートル以上の位置で使用しないこと」とされており、第一種住居専用地域における拡声機使用音量は、四五ホンとされている。本件放送塔における放送は、右各基準に適合しない。
なお、規則第二二条第二号の適用がないこと、原告居住地について第一種区域の規制基準を適用すべきことは、(1)において述べたとおりである。
(3) 騒音規制法第二八条は、拡声機を使用する放送に係る騒音等の規制について、地方公共団体が地域の自然的、社会的条件に応じて必要な措置を講ずるようにしなければならないと規定しているが、被告は、放送塔の音量を市内全域において右条件を全く度外視して画一的に放送しているから、右規定に違反する。
4 原告の被害
(一) 被害の実態
原告は、本件放送塔における放送により、聴覚を不当に拘束され、精神的自由を侵害され、静穏なる生活環境を侵害されているが、これを具体的に述べると、以下のとおりである。
(1) 原告の職業
原告は、東京芸術大学美術学部で学んだ後、「山本一郎」の雅号で画家として創作活動をしており、昭和四二年から昭和五五年一月までの間に合計八回の個展、グループ展を東京銀座等で開催し、作品を発表している。その絵画作品は権威ある美術雑誌等で世界美術史上の巨匠と比較評論され、また、テレビ朝日の番組「アートレポート」今日の絵画=日本編において一〇人の画家の一人として作品が七点放映され、日本を代表する画家の一人として高く評価されている。
原告は、自宅の室内において抽象絵画を制作することを業としている。抽象絵画とは、抽象形態と色彩の構成による作者の造形思考の表象を制作目的としたものである。したがつて、原告は、絵画制作過程の多くの時間を、「自己同一性により構造化された思考としての絵画」というテーマのもとで、キャンバスに向かい思索、思考することに用いている。この精神活動の営為に当たつては、思考の持続と精神の安定を必要とする。
(2) 騒音による被害
本件放送塔における放送は、一回の放送時間が短いとはいえ、長時間にわたり断続的に行われるから、原告の思考を中断させ、前記のような絵画制作活動を防害するものである。また、右放送は、原告を驚がくさせ、強迫する。特に、原告は、時報放送が断続的な極度の騒音として聞こえ、そのたびに驚がく感をおぼえ、時報放送が近づくころには、極度の強迫感におそわれる。更に、右放送は、原告の睡眠、読書、会話、ラジオないしステレオの聴取等を妨害する。特に、夜間の随時放送は、睡眠を妨害するものであるし、原告は本件放送塔における放送による被害を可能な限り避けるために深夜に絵画制作を行うようにしているため、午前一〇時の定時放送も、原告の睡眠を妨害している。
右のような、思考の中断、驚がく、睡眠妨害等が生じさせられることに伴い、原告は、神経がいらいらし、不快感を抱かせられ、極度のストレスを生じさせられている。このようなストレスの増大により、原告は、絵画の制作能率が低下させられ、ないしは制作意欲を失わされ、胃腸障害、聴覚障害、不眠症、思考力減退等の身体的影響を受けている。
(3) 文化的精神上の被害
被告は、本件放送塔において、前記2項(三)の(2)、(4)等の放送をしているが、これは原告の意に反して特定の価値を強制的に聴取させるものである。被告の右行為は、原告の思考や思想に働きかけ、これをゆがめるものであつて、前記のような原告の絵画制作活動を妨害するだけでなく、原告に対する洗脳行為であり、原告の文化的精神に対する不当な侵害である。また、右の侵害は、前記のいら立ちやストレスを増大させる。
(二) 権利侵害
(1) 環境権侵害
原告は、生命、自由及び幸福追求に対する権利(憲法第一三条)並びに健康で文化的な生活を営む権利(憲法第二五条)を保障されており、居住地域において健康にして快適な生活を維持し、かつ、静穏な環境のもとで自由に幸福を追求する権利としての環境権を有している。
被告は放送塔により、勝田市全域に昼夜の別なく音声を発し、約一〇万人の市民に強制的にこれを聞かせている。このことによる全住民の被害は極めて尽大である。原告は、環境を共有している勝田市の被害住民を事実上代表して、環境権に基づき、右の侵害の排除を求めることができる。
(2) 人格権侵害
本件放送塔における放送により、原告は、前記のとおりの被害を受けており、これは原告の人格権を侵害するものである。なお、原告の絵画制作行為は、単なる職務上、営業上の行為ではなく、精神的、文化的活動であつて、人格権をもつてその保護がはかられるべきものである。
(三) 損 害
原告は、本件放送塔における放送により生活を破壊され、苦痛を味わつている。その慰藉料は、少なくとも毎月金二万円が相当である。したがつて、原告が現住所に居住を開始した後である昭和五五年七月一日から本訴提起前である昭和五六年一一月末日までの一七か月間の損害は金三四万円となり、同年一二月一日以降も被告が右放送を中止するまでは、一か月金二万円の損害を被り続けるものである。
5 結 論
以上のとおり、被告が本件放送塔において放送をする行為は、原告の環境権ないし人格権を侵害する違法なものであり、原告はこれにより多大の被害を被つているから、その差止めを求めるとともに、右の違法な放送行為ないし本件放送塔の設置又は管理の瑕疵により原告が被つたないし被ることのあるべき損害の賠償として、前記一七か月間の慰藉料金三四万円及びこれに対する損害を生じた後である昭和五六年一二月一八日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金並びに同日から被告が右放送を中止するまで一か月金二万円の割合による慰藉料の各支払を求める。
二 請求の原因に対する被告の認否
1 請求の原因1項の各事実は認める。なお、原告宅と本件放送塔の位置関係は、別紙位置図のとおりである。
2 同2項(一)のうち、(1)及び(2)の各事実は認める。ただし、原告主張の定時放送の時間は、勝田市同報無線放送規程による許容時間であつて、実際の定時放送は五分前後である。また、随時放送は特に必要な場合に限つて行つているものであつて、何の制限もなく行つているのではない。
同2項(一)(3)の事実は、ヘの随時放送の行われた時刻を除き、認める。ただし、イの随時放送の内容は、勝田警察署からの依頼による老人行方不明による保護願いの知らせであり、ロの随時放送の内容は、勝田警察署からの依頼による迷子の保護願いの知らせであり、ハの放送の内容は、勝田市体育協会主催、勝田市教育委員会、勝田市ソフトボール協会後援、勝田市お母さんソフトボール協会主管によるお母さんソフトボール大会の雨天による中止の知らせであり、ニの放送の内容は、市民に対する火災の通知及び消防団員の出動命令及び鎮火の知らせである。ヘの随時放送が行われた時刻は、午後六時一五分及び午後六時二〇分であり、その内容は、勝田警察署からの依頼による迷子の保護願いとその解除の知らせである。
同2項(二)の事実のうち、第一段は認め、第二段は否認する。ただし、第一段中、チャイムが七〇ホンとあるのは、測定時における音量の最高値で、しかも一音だけ記録されたものであり、チャイムの音量は五三ないし七〇ホンであつた。なお、右の音量は原告方屋外において測定された値であり、原告宅はちようど風下にあつた。原告は屋内に居住して絵画制作をしているから、原告の現実の暴露値は、右音量より一〇ないし一五ホンは小さいと考えられる。
同2項(三)の事実のうち、(2)ないし(5)の各放送回数は否認し、その余は認める。(3)の放送回数は、昭和五五年七月一日から昭和五六年六月末日までの一年間で七〇日延べ七八回であり、(4)の放送回数は、同年七月二三日から同年八月三一日までの間に一〇回であり、(5)の放送回数は、昭和五五年が八月一日から九月四日までの間に一〇回、昭和五六年が七月三一日から一〇月二日までの間に一二回である。
3 請求原因3項(一)の事実中、勝田市において特損法に基づき(東京防衛施設局からの)補助金により昭和四〇年に無線送信設備一基及び放送塔一五基が、昭和四二年には放送塔一七基が設置されたこと、昭和五二年には放送塔四二基が約六〇〇メートル間隔で増設されたこと、昭和五五年及び昭和五六年には、茨城県の補助金により放送塔が増設されたことは、それぞれ認め、その余は否認する。右の補助金により設置された放送塔七六基は、民生安定用施設ないしは住民福祉のための公共用施設として補助金の交付を受けて設置されたものであり、その使用目的が米軍射爆場施設ないし原子力発電施設に関連することに限定されるべき理由はない。また、本件放送塔自体は、第三者の寄附行為により設置されたもので、右補助金により設置された放送塔ではなく、あくまで市民に対する広報用施設として設置されたものである。
同3項(二)(1)のうち、被告が電波法に基づき交付を受けた無線局の免許状において通信の相手方が免許人(被告)所属の受信設備と定められていることは認め、その余の主張は争う。被告の無線局使用による通信の相手方は、本件放送塔を含めた各放送塔(受信設備)であつて、被告は市民に対し直接電波を送つていない。本件放送塔に設置した拡声機をもつて市民に対し放送行為を行つていることは、電波法に定める通信とは別個の行為である。
同3項(二)(2)のうち、免許状において無線局の種別が固定局と定められていることは認め、その余の主張は争う。被告の無線局(放送設備)及び放送塔(受信設備)は、いずれも固定地上にあり、右定めに反しない。
同3項(二)(3)の主張は争う。被告は、勝田市地方行政事務に関する事項につき免許を受けて通信を行つているものであり、公衆通信業務を行つているものではない。
同3項(二)(4)の主張は争う。
同3項(三)(1)のうち、勝田市無線局が基準第八条に定めるその他の一般無線局であることは認め、その余の主張は争う。
同3項(三)(2)の主張は争う。
同3項(四)(1)のうち、規則第一九条第一項、別表第四に原告主張のような騒音規制基準の定めがあること、原告居住地が用途地域の指定のない地域であるから規則別表第四の区分に従えば第三種区域であることは認め、その余の主張は争う。規則別表第四は、条例第三四条を受けた規定であり、同条は深夜の飲食店営業等を営む者に対する騒音規制の規定であつて、本件放送塔における放送はその規制の対象にならない。
同3項(四)(2)のうち、規則第二〇条、別表第五に原告主張のような規定があることは認めるが、その余の主張は争う。規則別表第五は商業宣伝を目的とする拡声機の使用についての規定であつて、本件放送塔における放送はその規制の対象にならない。また、条例第三五条第三号 規則第二二条第二号により「公共の目的のための広報等に使用するとき」については規則第二〇条、別表第五の適用が除外されているから、被告の本件放送塔における放送には、右条項の適用はない。なお、規則別表第五においては、被告居住地(第三種区域)における拡声機の音量の規制値は六五ホンとされている。
同3項(四)(3)のうち、騒音規制法第二八条に原告主張のような規定があることは認めるが、その余の主張は争う。
4 請求原因4項(一)のうち、冒頭の事実は否認する。
同4項(一)(1)の事実は不知。
同4項(一)(2)のうち、本件放送塔における放送が原告の絵画制作活動、読書、会話、ラジオないしステレオの聴取等を妨害するものであること、右放送により原告が身体的影響を受けることは否認し、その余の事実は不知。なお、原告は睡眠妨害を主張するが、昭和五五年七月一日から昭和五六年六月末日までの一年間における深夜(午後一一時から翌日午前六時まで、以下同じ。)の放送は二回にすぎず、仮に原告が睡眠を妨害されたとしても、一過的なもので、損害賠償や差止めを請求しうる程度の被害ということはできない。
同4項(一)(3)の主張は争う。
同4項(二)(1)の主張は争う。環境権なる権利を私法上の権利と認めることはできない。また、憲法第一三条、第二五条は、直ちに私人間に権利義務を発生させる私法上の具体的な権利を根拠づける性格の規定ではない。
同4項(二)(2)の主張は争う。原告の絵画制作行為は、原告の職業的あるいは営業的なものに属する行為であつて、右行為に係る利益は、人間であるならば誰しも持ちうる「人格的属性としての利益」ではなく、原告に特有の個別的利益である。したがつて、右利益は、人格権による保護を受くべき利益ではない。
同4項(三)の主張は争う。
5 請求原因5項の主張は争う。
三 被告の積極主張
以下に述べる諸点を考慮すれば、本件放送塔における放送は違法ではなく、原告において受忍すべき限度内にある。
1 放送の態様
(一) 放送回数は、原則として一日五回にすぎない。
(二) 一回の放送時間は、時報が三〇秒、定時放送が五分以内、随時放送が三分以内である。
(三) 放送は、連続的、継続的ではなく、間欠的であり、放送と放送の間隔は、原則として短いところでも一時間五〇分以上ある。
(四) 随時放送は、年間に八五回(平均四日に一回)にすぎない。
(五) 深夜の放送は、年間二回にすぎない。
(六) 放送の音声は、時報を除けば、いずれも人間の肉声で、かつ、意味のある言葉であり、一般の騒音とは性格を異にする。
(七) 音声の内容は、聴取者である市民に少なからず利害関係のあるものである。
(八) 音量は、戸外で平均五五ホン(チャイムは五三ないし七〇ホン。ただし、七〇ホンは一音だけある。)であり、屋内における原告の実際の暴露値は、それより一〇ないし一五ホン小さい。
2 放送の公共性、公益性
(一) 被告は、地方公共団体である。
(二) 被告の行う放送は、市民の健康で文化的な生活や市民の生命、身体、財産の安全を確保し、かつ、行政の円滑な遂行をはかるためのものであつて、極めて公益性、公共性の高いものである。
3 使用目的
被告の本件放送塔における放送は、その使用目的を誤り、あるいは法令により許された範囲を逸脱していることはなく、すべて適法である。
4 原告の被害
(一) 原告の被害の内容及び程度は、「思考の中断」、「いらいらによる不快感」及び「睡眠不足」による「絵画制作行為の妨害」という主観的、抽象的愁訴にすぎない。
(二) 右睡眠不足は、深夜の放送が年二回程度にすぎないことから、全く無視しうるものである。
(三) 絵画制作行為は、一般人に共通した日常生活の所為ではなく、原告固有の営業的、職業的行為である。
(四) 原告は、これら以外の生活妨害を全く受けていない。特に、健康被害は生じていない。
5 騒音規制法規適合性
被告の本件放送塔における放送は、騒音規制法、条例等による法規制に何ら違反するものではない。
6 被害の回避可能性
本件放送塔における放送(随時放送を除く。)は、その時刻が一定しており、原告においてこれを回避して創作活動を行うことは、十分に可能かつ容易である。
7 被害防止への配慮
(一) 被告は、種々の調査を行うことによりたえず放送の運営(放送の内容、音量を含む。)について市民の意見を徴し、被告の放送が市民の生活妨害にわたらないよう十分に配慮して、被害防止に努めている。
(二) 右調査により、被告の放送が市民の生活妨害にわたるとされるときには、直ちにその改善がはかられる余地があり、被害防止の可能性は十分に確保されている。
8 市民の意見
一般の市民は、被告の放送塔における放送を騒音と訴えるものはなく、ほとんどがその有用性を肯定し、その維持、充実を希望している。
第三 証拠<省略>
理由
一請求の原因1項の各事実は、当事者間に争いがない。
同2項(一)の事実は、実情としての定時放送の一回継続時間を除き、(3)ヘの随時放送の行われた時刻に若干の違いがあるほかは、当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、右随時放送時刻は午後六時一五分及び午後六時二〇分であつたことが認められる。
同2項(二)の第一段の事実は、七〇ホンに達したチャイムの音数を除き、当事者間に争いがない。
同2項(三)の事実は、(3)ないし(5)の各放送回数を除き当事者間に争いがなく、右放送回数についても被告主張の範囲内では争いがなく、これを超えて放送があつたことを認めるに足りる証拠はない。
二そこで、以上の事実を前提に、本件放送塔における放送の違法性、なかんずく原告の被る被害について検討する。
1 騒音による被害について
(一) 原告宅が用途地域の指定のない地域にあることは、当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、原告宅の周辺は、畑が多く人家のまばらな自動車の往来の少ない環境にあることが認められる。もつとも、本件放送塔が第一種住居専用地域にあることは、当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、本件放送塔及び原告宅の周辺は別紙位置図のとおりとなつていることが認められ、同図によれば、原告宅は住宅の密集している西山団地から約一八〇メートルしか離れていないものと認められる。
次に、前記争いのない事実によれば、本件放送塔における定時の放送は、平日においては、①午前一〇時から定時放送、②午前一一時五〇分に時報、③午後三時から定時放送、④午後五時(又は六時)に時報、⑤午後九時五分に時報、の計五回行われ、土曜日においては、右の①、②、④、⑤のみが、日曜日、祝日及び休日においては、右の②、④、⑤のみが行われ、右②、④、⑤の時報の放送時間は、各三〇秒間であるが、右①、③の定時放送の継続時間については、<証拠>及び弁論の全趣旨によれば、実際の定時放送は五分間前後と認められる。したがつて、定時の放送は、平日が一日五回、合計一二分間前後、土曜日が一日四回、合計七分間前後、日曜日、祝日及び休日が一日三回合計一分三〇秒間であることになる。このほかに、随時放送が行われることがあるが、<証拠>によれば、昭和五五年七月から昭和五六年六月までの一年間に随時放送が行われたのは八五回、同年一二月までの一年半の間に随時放送が行われたのは一三八回であり、平均して四日に一回の割合で行われるのが実情であることが認められ、<証拠>並びに弁論の全趣旨によれば、随時放送の放送時間は、いずれも三分未満程度であること、昭和五六年一月二九日から昭和五七年三月八日までの間に深夜に放送が行われたのは、昭和五六年六月八日、同年一二月二二日及び昭和五七年一月三〇日のみであり、いずれも火災の出火、消防団出動指令、鎮火の知らせであることが認められる。
次に、右放送の音量については、前記争いのない事実及び<証拠>により認められる事実によれば、測定時の風向、風速、湿度、温度によつて大きな影響を受けるが、昭和五五年九月一九日に被告公害交通対策課が原告宅門前において午後三時からの定時放送を測定した際の音量は、別表記載のとおり、暗騒音が四〇ホン、定時放送の始めと終わりに鳴らす計八音のチャイムの最高値(一音のみ)が七〇ホン、最低値(一音のみ)が五四ホン、音声の平均が五五ホンであつた。また、<証拠>によれば、昭和五八年九月二一日に実施した検証に際して、原告宅庭及びアトリエ内において午前一一時五〇分の時報及び午前一一時五五分からの定時放送(ただし、検証の便宜のため、時刻をずらして実施)を測定した際の音量並びに昭和五九年一〇月四日に実施した検証に際して右各場所において午前一一時五〇分からの定時放送及び午前一二時の時報(ただし、いずれも検証の便宜のため、時刻をずらして実施)を測定した際の音量等は、およそ別表記載のとおりであつた(ただし、最低音は、残響等の影響により必ずしも明瞭ではない。また、暗騒音は最低値のみを示す。)こと、右検証(第二回)時のアトリエ内での定時放送音声は、言葉が断片的に聞こえる程度で、放送文の内容まではほとんど聞き取れないように感じられたことが、それぞれ認められる。(なお、右各検証の結果によれば、昭和五八年九月二一日の検証に際して定時放送終了直後に原告宅付近を通過した自動車による騒音が、原告宅庭において約六一ホン、アトリエ内において約四七ホンであつたこと、昭和五九年一〇月四日の検証に際しては、定時放送の直前に原告宅付近を飛行した航空機による騒音が、原告宅庭において約五二ホン、アトリエ内において約四三ホンであり、時報の直前に本件放送塔とは別のところから鳴らされた時報サイレンによる騒音が、原告宅庭において約六〇ホン、アトリエ内において約四二ホンであつたこと(以上、いずれも最高音量値)が、それぞれ認められる。)
(二) 前示の各認定を覆すに足りる証拠はなく、以上の事実を整理すれば、本件放送塔における放送は、以下のとおりのものということができる。
(1) その音量が、原告アトリエ内においては、最高でも五四ホン程度で、おおむね五〇ホン以下であり、また、原告宅庭においては、気象条件によつては瞬間的に七〇ホン程度に達することがあるが、おおむね六五ホン以下である。
(2) その放送時間は、長く継続するものではなく、最も長い場合でも一回当たり五分間前後、最も短い場合には三〇秒間である。また、一日の合計でも、平日で十数分間程度、土曜日は一〇分間程度、日曜日等休日は原則として一分三〇秒間にすぎない。
(3) その時間帯は原則として午前一〇時から午後九時五分までで、一般人の活動時間帯に属し、深夜にわたることは、年間二、三回程度にすぎない。
(4) その放送間隔は、随時放送が行われる場合を除けば、夜間を別としても、一時間四五分ないし四時間を置き、間欠的に行われる。
(5) その時刻は、四日に一度程度の随時放送を除き一定しており、生活のリズムの中に組み込まれ易い。
これらの本件放送塔における放送の音量、頻度、時間帯等の諸事実に鑑みれば、右放送による騒音は、原告宅所在地が比較的閑静な地域である(もつとも、右放送による騒音のほかにも、これとほぼ同程度の自動車、サイレン、飛行機等による騒音が、少なからず存在する。)ことを考慮しても、右地域住民が社会生活上一般に受忍すべき限度を超えないものであると認めるのが相当である。
もつとも、随時放送のうち深夜に行われるものについては、一般に右時間帯は睡眠時間と想定されるため、右認定の程度の音量でも、睡眠を妨害するおそれがあるものということができる。しかしながら、前記認定のとおり、その放送内容は、火災の出火、消防団出動指令、鎮火の知らせに限られているのが実情であり、他に深夜の随時放送がされていることを認めるに足りる証拠はない。右の火災に係る放送は、その内容に照らせば、公共性の高いものと認めることができる。したがつて、深夜における放送も、右のような災害関係その他これに類する公共性の高い事項に限つて行われるならば、前記認定の放送の音量、頻度等に鑑み、これによる騒音は、やはり受忍限度内のものというのが相当である。そして、右認定の実情によれば、深夜において右のような事項以外の事項の放送が行われる具体的可能性があるものとは認められないから、結局、深夜の随時放送も違法であると認めることはできない。
(三) 原告は本件放送塔における放送により、神経がいらいらし、不快感を抱き、ストレスを生じ、絵画制作活動が妨害される等現実に被害を受けていると主張し、原告本人尋問の結果中にはこれに沿う部分がある。また、右本人尋問の結果によれば、原告は、前住所(勝田市枝川二三六−一)付近の環境が当初は静ひつであつたにもかかわらず、学校、保育園等からの騒音に次第に悩まされるようになり、建物も立て込んでいたため、静けさと緑と清々とした環境を求めて現住所に転居したことが認められるから、原告の現住所において静けさを求める気持ちが強いものであることが推認されるし、原告のような抽象絵画の制作を業とする画家が、その制作時間中、人一倍静かな環境を必要とするものであることも、容易にこれを首肯することができる。したがつて、原告が、現住所への転居時の期待に反し毎日本件放送塔からの放送を聴取させられることにより(もつとも、前記認定のとおり、本件放送塔における放送のほかにも、自動車、サイレン、飛行機等による騒音が少なからずあるから、静けさについての原告の期待を裏切っているのは、右放送のみとは思われない。更に、原告本人の尋問の結果によれば、原告は前記前住所に昭和四八年三月三一日から七年以上にわたり居住していたことが認められるところ、勝田市において放送塔が昭和四二年までに三二基、昭和五二年には更に四二基、合計七四基設置され、約六〇〇メートル間隔で存在していたことは、当事者間に争いがなく、右本人尋問の結果によれば、現に原告の前住所から約一五〇メートル離れた所にも放送塔が存在していたことが認められるから、原告は、より閑静な住居を求めて現住所地を選択した当時は、勝田市全域したがつて現住所地の近辺にも放送塔が存在することを、当然にないしは少なくとも容易に知りえたものということができる。)、神経がいらいらし、不快感を抱く等、原告主張のような影響(ただし、胃腸障害、聴覚障害、不眠症、思考力減退等の身体的影響を受けているとの点、更には右身体的影響が本件放送塔における放送に起因するものである点については、これに沿う証拠は原告本人尋問の結果及び成立に争いのない甲第二七号証(原告の陳述書)のみであり、こららだけでは未だ右主張事実を認めるに足りないから、右身体的影響を除く。)を受けることはありうべきことと思われるし、右放送を差し止めたいと願うことにも、無理からぬものがあると思われる。また、騒音は、できる限り少なくかつ小さいことが、生活環境として望ましいものであることは、言をまたない。したがつて、原告のような住民がいる限り、被告は、放送の内容、回数、時間、時間帯等について検討し、真に必要性の高いものに限りこれを行うように配慮すべきことが望まれ、前判示の現在までの放送の実態は、右のような配慮の点で、部分的に必ずしも十分でない面もないわけではない。
しかしながら、前示の事案のような社会生活に随伴して発生する騒音公害に関する本件においては、騒音発生行為の差止めないしは損害賠償の請求権の成否については、一般人の受忍限度を基準としてこれを判断すべきものである。けだし、一方では、社会生活上何らかの騒音の発生は不可避であり、他方、騒音に対する不快感等の感じ方は、個人差が大きいばかりでなく、騒音源ないしその主体に対する関係等によつても大きく左右されるなど、極めて主観性の強いものであることが経験則上明らかであるから、高度の芸術的感覚を保有する個人の特異的に鋭敏な感受性のような特殊な個人事情を基準として請求を理由ありとするならば、ほとんど無制限に騒音発生の違法性を肯定せざるをえないことになり社会生活の円滑な運営が成り立たなくなるからである。したがつて、本件のような事案にあつては、一般人において社会生活上受忍すべき程度の騒音は、原告においても受忍すべきものというほかはない。前記(一)において判示したのは、このような観点から、本件放送塔における放送による騒音は、受忍限度内にあると判断したものであつて、前記の原告に関する個人的諸事情は右判断を左右するものではない。
(四) なお、原告は、本件放送塔における放送の音量が規則第一九条第一項、別表第四、ないし規則第二〇条、別表第五の定める規制基準値を超えるものであるから、右放送は違法である旨主張する。しかしながら、まず規則第一九条第一項、別表第四は、条例第三四条第一項に規定する規制の基準等を定めるものであるところ、同項は飲食店営業、喫茶店営業、ボーリング場営業、バッティング練習場営業及びゴルフ練習場営業(規則第一九条第二項)を営む者に対する規制を規定するものであるから、被告による本件放送塔における放送については適用がないものであることが明らかである。次に、規則第二〇条、別表第五は、条例第三五条に規定する順守事項を定めるものであるところ、同条第一号及び第二号は商業宣伝を目的とする拡声機の使用に関する場合についての規定であり、本件放送塔における放送がこれに該当しないことは明らかである。また、同条第三号も規則第二二条第二号により公共の目的のための広報等に使用する場合には適用がないものとされており、<証拠>によれば、本件放送塔における放送は勝田市同報無線放送規程に基づいて行われるものであることが認められ、右規程第一条、第三条及び前記争いのない放送の内容によれば、本件放送塔に係る拡声機の使用は公共の目的のための広報に使用する場合に該当すると認められる。したがつて、規則第二〇条、別表第五も、被告による本件放送塔における放送については適用がないものである。そうすると、原告主張に係る右各法規違反は認められず、右主張は失当である。
2 文化的精神上の被害について
前記のとおり、被告が本件放送塔において「しごとに誇りをもち楽しく働きましょう。」等五項目の市民憲章を隔日に一項目ずつ放送していること及び「午前九時前には友達の家へ遊びに行かないようにしましょう。また、勉強している時は遊びに行かないようにしましょう。」等と夏休み期間に放送していることは、当事者間に争いがないところ、原告は、右放送行為が、原告に対する洗脳行為であり、原告の文化的精神に対する不当な侵害である旨主張する。
<証拠>によれば、勝田市の市民憲章は、前記事項のほか、「自然を愛し緑と花につつまれたまちをつくりましょう。」、「おたがいに助けあいだれにも親切にしましょう。」、「スポーツを楽しみ芸術にしたしみましょう。」、「公害、交通事故のない安全なまちをつくりましょう。」の五項目であることが認められる。そして、原告本人尋問の結果によれば、原告は、例えば、市民憲章のうち「しごとに誇りをもち楽しく働きましょう。」という事項を聴取させられることにより、労働に関して「誇り」とか「楽しく」という不当な予断を与えられ、「働け」というように原告に働きかけて原告を動かそうとする被告の意図により労働を強要されて、税収によつて生活している役人に使役され、教条的な共産主義国家に住んでいるような思いにさせられ、憤りを感じていることが認められる。また、右本人尋問の結果によれば、原告は、「こちらは勝田市役所です。」という放送を繰り返し聴取させられることにより、役人専制国家に住んでいる思いにさせられ、その他、放送全般にわたり、メロディチャイムの時を知らせるという信号性及び言葉の何かを意味するものである側面が原告の概念を阻害し、メロディチャイムの音楽性が原告の情緒を阻害し、言葉の何かを意味するものである側面が原告の観念に影響を与えて思想、良心の自由を侵害し、言葉の意味の持つ隠喩性や換喩性、原告の想像力や記憶力の時間的変容によつて、複雑多岐にわたり原告の文化的精神を阻害していると考えていることなどが認められる。
しかしながら、これらの内容の放送がされることによつて原告が主張し供述するような被害を受けることを理由に放送の差止めないしは損害賠償を求めることの当否についても、一般人を基準に判断すべきものというのが相当であり、前判示のような内容の放送によつて一般人が原告主張のような被害を受けるものと認めることはできないから、原告の右の被害を根拠とする請求も、理由がないものといわざるをえない。
三以上のとおり、本件放送塔による放送により受忍限度を超える被害を原告が被つているものとは認められないから、原告の右放送の違法性に関するその余の主張について判断するまでもなく、原告の本訴請求は失当たるを免れない。よつて、本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官渡辺 惺 裁判官大橋寛明 裁判官達 修)
別表
年月日
場所
時報
定時放送
暗騒音
風向・風力
チャイム
音声
55.9.19
屋外
70―54
55
(平均)
40
北東7m
58.9.21
屋外
68―53
58―49
64―
38
東2m
屋内
54―43
46―35
52―
32
59.10.4
屋外
63―50
60―47
65―
39
北東2m
屋内
50―39
48―38
46―
32
数字は、上が最高音、下が最低音の音量(単位・ホン)